エシカルで世界は変えられる? 山本良一 × 末吉里花

※ 当記事は、イベント当日に配布されたパンフレット「ETHICAL FASHION COLLEGE MAGAZINE 2015」に掲載した対談の全文掲載です。

山本良一さん

末吉 「エシカル」の定義って何だろうって、私はかねてから山本先生にお伺いしたかったのですが、先生にとってズバリ「エシカル」とは?

山本 エシカルというのは、辞書で調べると「倫理的」ですね。倫理とは何か?道徳と倫理と法律で分けて考えるとわかりやすいです。道徳というのは英語では「モラル(moral)」。人それぞれの中にある価値観や行動するときの基準。宗教的な行為を含み、これは人によって千差万別です。倫理は多くの人たちが合意している、いわば「社会的な規範」。法律になると義務を伴うもので「国家権力の裏打ちのある規範」です。エシカルとは「法律になってはいないけれど多くの人が合意している価値基準」だと私は考えます。


末吉 社会的な規範というと、ずっと共有されてきた考えのように感じますが、ではなぜ今、「エシカル」が推し進められているのでしょう?

山本 それには3つ原因があって、ひとつは科学技術の進歩のスピードが速くなりすぎたこと。例えば私たちは美味しい米とか麦といった穀物を、何千年もかけて遺伝子的な選択をして作り上げてきた。鶏や豚にしても時間をかけて家畜化してきたわけです。しかし遺伝子組み換え技術はたったの数年で成果を出してしまう。そういう食品を果たして食べていいものかどうか。車の自動運転なんかもそう。車の運転では必ず倫理判断が必要になります。車道に子どもが飛び出してきて、ブレーキをかけても間に合わない。対向車も来ている。そんな「合法ではないがやむを得ない」場合に、歩道にハンドルを切るという判断が人工知能にできるのか?このように「人工知能の倫理」が問題になるわけです。そういった科学技術についてよく考える時間のないまま、進歩だけが暴走しているのが現実です。これがゆっくりだったら、様々な価値観や道徳的なコンセンサスを作っていける。しかし過去200年ぐらいの科学技術の進歩を見ているとほとんど我々が対応できないぐらいのスピードで発展しています。これは倫理的な挑戦を受けているということなのです。人間はどうすべきか、という答えがないままに、科学技術の進歩を押し付けられています。

末吉 それがいい悪い、と判断できる余地がない。

山本 そう。時間もない。ふたつめの原因はグローバル経済。児童労働から生まれた商品、テロリストの資金源になっている商品を知らずに身に付けているかもしれない。1000円で買えるシャツなんて以前はあり得なかった。そしてその安さの裏には劣悪な環境での労働搾取や環境破壊があるかもしれない。社会問題や環境問題を抱えていながらも見かけ上は安くて質のいい製品が供給されている。その背景を我々は知ることはできません。これも大きな倫理的挑戦です。そして3つめの原因は「これらを解決する明確な手段がない、社会システムが整備されていない」ということです。

末吉 そもそも技術の進歩やグローバル経済が問題だと私たちが気づいていないから解決方法もない、というところもありますよね?

山本 もちろんいろいろ努力はしています。例えば認証マークだってたくさんありますよね?でもそれの意味するところを広く知らしめるのが難しい。我々はふだん通りに生活しているだけで、知らず知らずのうちに悪事に加担してしまっている。なぜ今、これを真剣に考えなければならないのかというと、日常生活においてもこれだけ課題があるのですから、グローバルに見るとそれは壮大なスケールでの倫理的危機なわけです。それは地球環境問題であり、グローバル・ノース(グローバル化の利益を享受する人々)とグローバル・サウス(グローバル化の利益とは無関係の人々)の格差問題や、差別でもあります。地球上の人間が生活する上で一日に排出するCO₂は何と1億トン!それは大気中に出ていって、その一部は少なくとも1000年は残留して地球を温暖化させ続けます。その結果、空気も、陸地も、海の水も温暖化している。その余分な熱エネルギーの9割を吸収しているのは海ですが、一日に海が吸収する熱エネルギー量は、ヒロシマ型原爆の40万発に相当するといわれています。そこで起きるのは世界的な異常気象と、年間4500億トンともいわれる南極・北極の氷の融解です。また海がCO₂を吸収することで酸性化し、また温暖化により海中には酸素が欠乏したエリアが発生しています。その結果生物の大量絶滅が起きている。人間活動のグローバル化によって引き起こされた現象がこれほど地球に影響を及ぼしている。壮大なスケールで限界に達しているのです。

末吉 今すぐ何とかしないと、ということですね。それだけ危機的な状況にあるのに関わらず、私たち一人ひとりは普通の生活をしていますよね。

山本 実際には普通ではなくて「狂気の生活」をしているわけです。それに気づいていても、社会システムが変わらないからそのままの生活を続けざるをえない。

末吉 それはどういう風に変えていけばいいのでしょう?

山本 本当の意味での「革命」をやるしかない。今の現実は宇宙的な挑戦でもあるのです。というのは、NASAを始め天文学者が競争して地球に似た惑星を何十年も探していて、2000個ぐらい候補が見つかっていますがせいぜい水があるかどうか。「あと20年ぐらいで微生物が発見されるだろう」とは言われていますが、我々の体は60兆個の細胞からできていますし、腸の中には100兆個からなる微生物の生態系があるそうです。

末吉 腸内フローラですね!

末吉里花さん

山本 そう。46億年の歴史と、38億年の生物の進化の歴史をもつ奇跡の星で、そんな人類も生まれてきたわけだけど、それは宇宙の歴史から見ても奇跡だということがこの50年の研究でわかってきた。重力定数(引力の大きさを示す定数)だとか、さまざまな物理定数が10%違ったら我々の存在はありえません。我々の住んでいるこの宇宙は、生命の誕生と進化に適しています。これは神様のせいにも、偶然のせいにもできるけれど、我々は間違いなく幸運な宇宙で、奇跡の惑星に生まれて、長時間をかけて進化した知的生命体なわけです。それを滅ぼしてもいいのかという所まできている。

末吉 そうですよね。この素晴らしい地球というものがなければ、何も始まらなかったですものね。

山本 だからね、エシカルというのは奇跡的な星と体内に小宇宙を持っている人間、その調和を賛美し、守ろうとすることです。昔、水前寺清子という歌手がいて、あなたは知らないだろうけど(笑)。


末吉 私、水前寺清子知ってます(笑)!

山本 彼女が「ボロは着てても心は錦」と歌っていましたが、この心持ちが非常にエシカル的に重要。「心が錦でさえあればいい」というところに心を落ち着けることがエシカルかなと。地球や人類が奇跡の存在だということをありのままに受け入れ、その調和を賛美し、満足すること。その心の美しさがエシカルです。私たちが子どもの頃は戦後の時代で、皆貧しくてツギハギの学生服を着ていました。お母さんの愛情のこもった、清潔なものをね。ツギハギが見えても、そういう心のこもった服が素晴らしいと思う。それがエシカルな美しさ、「エシカル・ビューティー」なわけです。

末吉 それがエシカルの原点なのですね。オーガニック化粧品を使うとか、そういう表面的なことではないという。

山本 まず私たちは心の原点に立ち返り、充足する。それがエシカルな心です。そのあとは動物実験をやらない、ネイチャー・フレンドリーな化粧品を使うということももちろんある。でも先ほども言ったように、今は原点が揺らいでいます。「心はボロでも錦を着ていればいい」というような風潮になってきている。そこを根本的に正さなきゃいけない。

末吉 先ほどおっしゃったように科学技術の進歩やグローバル経済などによって、日々のスピードについていけなくなった結果、根本が揺らいでいるということでしょうか?

山本 そのスピードを正さないといけないという提言はずいぶん前からされています。しかし一度動き出してしまった進化システムは誰も止められません。誰かが「このシステムから降りた」と言っても別の誰かがやるでしょう。「せめてそれを減速・縮小させなければいけない」と言っても現実にはまったく効果がない。今は科学技術や経済に倫理が負けている状態です。だから少なくとも、その土俵で倫理が互角に戦えるくらいに我々の倫理の力=エシカル力を高めないといけません。

末吉 今は、私たち一人ひとりが「エシカル力」を高める意識を持たなければいけない状況にあるということですね。エシカル力を高めるのはいろいろなレベルでできることだと思いますが、一般の人たちの意識を高めるために必要なこととは何でしょうか?

山本 ひと口に倫理といっても、生命倫理、環境倫理、社会倫理があります。生命倫理の問題は自分の寿命をコントロールすることや、薬物を使って筋力を増強することなどがそうですね。環境倫理は資源の問題やCO₂排出など。そして社会倫理は、差別や労働搾取問題などのこと。それらについて世界の哲学や宗教といった力を結集して「倫理パネル」を設立し、エシカルを成立させていくことが大事だと私は考えています。「気候変動における政府間パネル」(地球温暖化の問題に関して、科学的、技術的などの見地から包括的な評価を目的とした組織)や「国際資源パネル」(世界の資源の管理に向けた総合的アプローチを目指す組織)などのように、専門家が集まり、皆が守るべき知見をまとめて提言をする。それを倫理の分野でも作る必要があります。それがないままに、我々一人ひとりがグローバル経済と科学技術の暴走的発展の巨大な流れの中に放り出され、倫理的に負け続けているわけです。

末吉 ちなみに海外でのエシカルに関する動きはどうなっているのでしょうか?

山本 国際社会は、幸い倫理的な危機に気づいていて、問題解決に向けてさまざまな試みがなされていますね。化粧品などの開発における動物実験をEUは禁止していますし、2年後には企業における非財務情報、つまり社会・環境・組織の統括といった「ESG(environment, social, governance)情報」の公開が義務づけられます。また、昨年は80人のそうそうたる聖職者が立ち上がり「化石燃料関係の株式をただちに売り払え」と声明を出しました。そのお金で自然エネルギーに取り組んでいる会社の株を買いなさいと。それで私がうれしかったのは、まさにアダム・スミスの理想が実現するのではないかと感じたからです。『国富論』を記し、「近代資本主義の父」と言われるアダム・スミスですが、それ以前に『道徳情操論』という本の中で、道徳が大事だと説いています。つまり経済の前には道徳がある。有名な言葉で「神の見えざる手はふたつある。ひとつはマーケット、ひとつはモラルだ」と。モラルを持たずに利己心だけで生産し、消費を促すことはやがてマーケットの破綻へとつながります。先ほどの聖職者の介入は、マーケットにモラル、つまり倫理が介入しているわけです。2015年の12月にはパリでCOP(気候変動枠組条約=温暖化防止の国際的なルールを決めるための国際会議)21が開催されますが、そこでも世界的な倫理力、エシカル力が試されると思います。

末吉 日本での動きはいかがでしょうか?山本先生率いる日本エシカル推進協議会がこの5月で1周年を迎え、また消費者庁にも消費者庁にも倫理的消費調査研究会が設置され、だんだんと動き始めたことを感じるのですが。

山本 日本でも本当に、エシカルは今動かないといけないタイミングですね。2020年の東京オリンピックを迎えるにあたって、エシカル調達、エシカル運営に取り組む必要があります。また安倍内閣が取り組んでいる地方創生は約4000億円の予算がつけられて賛否両論ありましたが、「エシカル地方創生」を今やらなければいけないのではないかと思います。地方創生の柱は、東京への一極集中の回避、雇用の創出、2050年になっても1~2%経済成長し続けることです。そのためには若い世代が結婚して家族を作り、住み続けていける、つまり持続可能な地域社会を作ることが必須です。それは従来のグローバル経済のやり方では達成できないことです。地域の資源を使って、地域の経済を長期的に回していけるようなしっかりとした仕組みが必要。目先の利益を追っていてはできません。壮大なスケールの、古今未曾有の危機には「心は錦」というエシカル力で立ち向かうしかないのです。何よりまず必要なのは心を正すこと。「ボロは着てても」という絶対的価値観で地域社会が団結する、つまり地域の資源で満足し、お金があまり漏れださないようにすればいいんです。

末吉 それは一人ひとりの心にかかっているということですね。何か行動を起こすときには、つねに頭の中で倫理的かどうか、エシカルかどうかを問いかけてみる。ファッションでいえば、お母さんのツギ当てのように心のこもった洋服を着るみたいに、着ると誇りに思える服だとか、素敵な物語がある洋服を選ぶことも、エシカル力を高める一歩ですよね。

山本 そうです。「倫理的」というとカタいけれども、「エシカル」だとオシャレな響きがあるからいいですよね(笑)。「オシャレで世界を変える」、「グルメで世界を変える」というような表現もありますね。でもその背景には、倫理という普遍的な心のありようがあるということを意識していてほしいです。もちろん資本主義を否定するわけではありません。ただ資本主義だけにどっぷり浸かるのではなく、マネー資本主義と自然資本主義的な経済との混合経済を行いながら、徐々に我々の生活をエシカルな方向にシフトしていくことができれば。

末吉 今から始めておけば、100年、200年後にはそんな社会が実現できる希望があるということですね。エシカルファッションカレッジのようなイベントに人が集まり、皆で「エシカル」について考えることは、とても大事なことですよね。

山本 とても重要なことだと思います。そういう時に必要なのは、あなたのように思想を体現する人です。エシカルで革命を起こすなら、その思想を体現する人がいなければならない。フランス革命における民衆の女神のような……。

末吉 ジャンヌ・ダルク!

山本 ジャンヌ・ダルクは火あぶりにされちゃうからダメです(笑)、成功を収めないと。思想の体現者でありリーダーという人がたくさん現れることが、大切だと思っています。日本人の精神性は、もともとエシカルです。今は右傾化していると言われるけど、それは自信の喪失からきています。だからこそ他国を批判する。おごり高ぶる必要はないけど、日本は素晴らしい国だと自信を取り戻さないといけません。助け合いの精神と、新しい物事のいいところをとり入れる折衷主義がある国です。我が国の折衷主義は筋金入り。聖徳太子は「自然と人間がどう付き合うかは神道に、人間と人間がどう付き合うかは儒教に、心をどう統治するかは仏教にまかせなさい」と言っています。つまり神道と仏教と儒教を適切なバランスで活用しなさいということです。平安仏教になると空海の真言宗と最澄の天台宗が出てきますが、これらも実は中国から直輸入した仏教ではなくて日本化されています。空海はあらゆるものに命が宿るという生命哲学に達します。最澄は「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」といって、草や木もすべてが成仏できる仏そのものだという思想の基を作りました。それらは中国でもインドでもない、日本だけの仏教です。それが伝統の神道と結びついて日本の精神性を育んだ。幕末になると二宮尊徳が今でいう「地方創生」の見本のようなことを行いましたが、彼は自分の理念を「神道を1さじ、儒教と仏教は半さじずつ」と言っている。それがいちばんいいバランスだと。もともと日本は、そんなふうにいろんな思想のいいところを取っていく風土なのです。そんな中で近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」なんていう発想が出てくる。江戸時代に言われ始めた言葉に「先義後利」というのがありますが、これは「義を先んじ、利を後にする者は富む」という意味で、多くの商家が家訓にしていました。この「義」は「エシカル」と言いかえることができますね。日本人の根本はもともと、そんなふうにエシカルファーストなのです。

末吉 日本人のDNAにはエシカルがあるということですね。

山本 そう。日本は世界的に見ても非常に長寿企業が多い国です。もちろん日本が島国でそれほど戦乱にあっていないということもあるのだけど。繰り返しになるけど、我々は日本の国の伝統に誇りをもたなければいけない。サステナブルカンパニーとか、サステナブルマネジメントというけど、それは日本企業のことだと。例えば京都の生麩なんか、半日で売り切れてしまうなら倍作ればいいのに、商売が粗くなって客が離れるからとそれをやらない。そして助け合いの精神もあります。同じ地域の中に企業がいくつかあったとして、ひとつが危なくなるとトップの企業が助けるということもあるそうです。その代はよくても二代、三代と続くと商売が傾くことがある。そのときに助けてもらうんだと。これはサステナブルマネジメントですよね。だからエシカル消費だなんだということに取り組むのは、実は我々にとってはとても簡単なことなのです。

末吉 振り返ってみれば、自然にしていたことがエシカルだったということもあるのかもしれませんね。

山本良一さん/末吉里花さん

山本 基本は我々の中にあるのですからね。今日本の社会を席巻しているのは、「コスト・ベネフィット・分析」の思考です。つまり短期的な損得勘定ですね。この難局を乗り越えるのは相対ではなく絶対的な価値基準なのです。原発問題もそう。福島第一原発の周辺住民の生活を滅茶苦茶にしたコストは、絶対に相対化できないものですよね。絶対的な価値基準、つまり「倫理的にやっちゃいけないことはやってはいけない」。だからこそ私はエシカルにこだわるのです。将来に巨額の負債を残すことは絶対やってはいけません。そういう方針にしないといけないし、皆がそれを共有していかなければなりません。


山本良一
1946年茨城県水戸市生まれ。東京大学工学系研究科博士課程修了、工学博士。東京大学生産技術研究所教授を経て現在東京大学名誉教授、東京都市大学教授、国際基督教大学客員教授。国際グリーン購入ネットワーク会長など、多くの団体の役職を歴任。エコプロダクツ展実行委員長や、日本エシカル推進協議会代表も務める。
末吉里花
TBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターほか、オーガニックやフェアトレード関連の資格を生かし、司会やレポーターもこなすフリーアナウンサー。去年秋にエシカル協会を立ち上げ、フェアトレードコンシェルジュ講座を主宰。

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